「観音像仏頭部のすげ替え行為が著作者の死後の人格的利益の侵害にあたるとした事例」

「月刊住職」という雑誌に、こんな記事が出ていると、Facebookの知人が紹介していたので、気になって調べてみました。

『仏像の面相(仏顔)のすげ替えが著作権侵害とされた判決の検証・・・大家重夫(久留米大学名誉教授)
先代が仏師に依頼して作った仏像の顔に違和感を感じたら住職はどうすべきか。現住職は十一面観音立像の制作にかかわった仏師の一人に修正を依頼したが、これが著作権の侵害だと裁判になったのだ。寺院も留意すべき知的財産権とは何か。 』

本来なら、Facebookに書けばいいとも思ったのですが、あまりに長文になってしまったので、blogに書く次第。

判決そのものではなく、その判決についての論文が web にありましたので、それを読んだ感想です。

https://www.law.nihon-u.ac.jp/publication/pdf/chizai/5/09.pdf

知財高判平成22年3月25日判決、判例時報2086号114頁

■事件の概要

 東京、本駒込駅近くにある光源寺というお寺には、駒込大観音という仏像(以下「本観音像」という)がまつられています。本観音像は二代目で、初代は1700年頃からあったものの、東京大空襲で寺と一緒に焼けてしまい、しばらくは仏像もない状態が続いていたとのこと。

 先代の住職が、昭和62年に仏師Rに本観音像の制作を依頼、完成したのは平成5年。

 で、時代が過ぎて平成15年。住職も代替わりして、現住職(Y1)は「観音像の表情が参拝者をにらみつけるように見えることに強い違和感を感じ」「檀家や一般拝観者からもどうようの苦情や、慈悲深い表情とするよう善処を求める旨の要望を受けていた」そうです。

 現住職(被告)は、仏師R存命中に、眼のあたりの修繕を依頼したものの、修繕に応じてもらえませんでした。

 仏師Rの死後、住職はRの弟子である仏師Y2(本観音像の制作にも関与した)に相談したところ、表情を変えるためには、今あるものを彫りなおすのでは難しく、新たに仏頭部を作り変えて、すげ替えることが必要と言われた。

 住職は、Rの遺族であるXに、仏頭部の作り直しについての承諾を求めたが、Xがこれを拒絶。 しかし、住職はY2に新たな仏頭部の作成を依頼。平成18年にこれが完成し、すげ替えられることとなった。

 これに対し、Xが原告となり、住職と、弟子Y2に対して、同一性保持権の侵害であるとして、次のようなことを求めて訴訟を起こした。
・原状回復(保管されている古い仏頭部に戻せ)
・原状回復するまで、一般公開するな。
謝罪広告または訂正広告を新聞に出せ。


著作権法の条文の確認(と、ざっくりした説明)

 同一性保持権とは、著作権の一つで、著作者の意志に反して、勝手に改変することを禁止できる権利。「おふくろさんよ」の歌詞に、勝手に台詞を付けたことが、同一性保持権の侵害にあたるとして争われたケースが世間的には有名かと思います。

第20条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2項(例外規定)4号
 前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変(については、適用しない)


 なお、この論文によると、判決文の中で、弟子Y2は、本観音像の制作に関与したことまでは確認されているものの、Y2が著作権者であるという認定はされておらず(否定もされていない模様)、本観音像の著作者は、既に死亡した、仏師R一人であるという前提で議論がされたようです。

 なお、同一性保持権は「一身専属」とされており、他人に譲渡したり、相続の対象とすることができない権利とされています。

 じゃあ、本件では、遺族Xが原告となって訴えを起こすことできないんじゃないの?とも思うのですが、著作権法には以下のような規定があって、これらの規定に基づいて、訴えを起こしています。

第60条
 著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。

第116条1項
 著作者…の死後においては、その遺族(…)は、当該著作者…について第60条…に違反する行為をした者…に対し前条(115条)の請求をすることができる。

第115条
 著作者…は、…その著作者人格権…を侵害した者に対し、損害の賠償に代えて、又は損害の賠償とともに、著作者又は実演家であることを確保し、又は訂正その他著作者若しくは実演家の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。

 つまり、著作者である仏師Rは既に死んでいるが、仏師Rが生きているとしたならば、顔のすげ替えはみとめなかったであろうから(と、遺族Xは思うので)、観音像の顔のすげ替えは、著作権法第60条に違反する。

 第60条に違反しているならば、第116条に基づき、第115条の請求をすることができる。

 だから、第115条に基づいて、「元に戻せ」とか「謝罪広告を出せ」と要求する、と、そういう話がつながるわけです。

 ふぅ。ここまでが、背景説明です。

東京地裁の判決

 東京地裁は、次のように判断しています。

・頭部のすげ替えは、同一性保持権の侵害に当たる。
・仏師Rが生前に作り直す意向を示した証拠はないので、第60条但し書き「その行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。」は適用されない。

 ※、現住職(被告)が、仏師R存命中に、眼のあたりの修繕を依頼したものの、修繕に応じなかったという事実が認定されているため、「その行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合」には当たらないと判断された。

 よって、元に戻せという主張は認めたが、元に戻す以上、謝罪広告は不要として、謝罪広告については認めなかった。

 原告Xは謝罪広告が認められない点が不服で、被告住職は、頭部を元に戻せと言われたのが不服で、双方ともに控訴。知財高裁でも、同様の判決が出たようで、双方ともに最高裁へ上告したが、上告を棄却したことから、結果、東京地裁の判決が確定した。



■感想

 まあ、法的には、妥当な判決だと思います。
 しかし、これで、誰が得をするのか、という問題は残ります。

 現住職も、檀家も、拝観者も、「にらみつけるような」形相の観音像を拝まなくてはならないのって、どうなんだろう?と思います。

 条文引用では、省略しましたが、遺族として権利行使できるのは、仏師Rの配偶者、子、父母、孫、祖父母または兄弟姉妹に限定されているので、全ての孫が死に絶えるまで待つというのも、あまり現実的ではありません。(その前に、現住職が・・・)


■じゃあ、どうするのよ?

 極めて、法的・ビジネス的な話にはなりますが、現住職としては、原告Xを黙らせておく必要があったと思います。
 多分、原告Xとしては、仏師Rの意向に沿って、観音像の顔を変えることなく、そのまま観覧に供してほしいという思いがあったんだと思います。

 逆にいえば、その仏像が死蔵されるとか、「お焚きあげ」(=焼却処分)されることは、本意ではないと思われます。

 仏師Y2の新しい頭部を作らせる前に、頭部すげ替えについての同意書(著作権法第60条等の権利不行使の確認書)をとっておくべきでした。

 もし、同意が得られないなら、新しい観音像を作って、今のものは、誰にも見せないようにするぞ!と迫れば、多分、(渋々ながら)同意書を出してくれただろうと思います。
本観音像は、寺の所有物である以上、それを観覧に供するか、焼却処分するかは、寺の代表者である現住職が持っているわけで、そこを交渉のテコにすることは可能でした。

 今からでも可能なんですけどね(笑)

 判決に従って、本観音像の顔を元に戻したうえで、倉庫に死蔵するということであれば、誰も文句は言えない訳ですから。

 お賽銭箱を二つ用意して、こんな札を付けて置いてみてはどうでしょうね。
・「このお顔の観音像がお好きな方」
・「お顔がもっと柔和な観音像にしてほしい方」

 両方に溜まったお賽銭で、観音像を一体新たに制作しちゃうということで(笑)


■そもそも論ですが

 先代の住職が、仏師Rに観音像の制作を依頼する際に、ちゃんと契約書を作って、「著作者人格権の不行使」を約束させておくべきでした。

■契約の際に注意すべきこと(著作権法上)

 著作権譲渡の契約の場合、著作権法上、注意すべき点は3つと思ってます。

著作者人格権の不行使
・二次的著作物に関する権利(著作権法第27条および第28条に規定されている権利)の譲渡
・今は、著作権上認められていないが、将来付与される権利の譲渡

 著作権法って、技術の発展に伴って、新たな権利が作られてきていますので、今後も何が起こるか分からないので、3番目も忘れずに入れておきたいものです。

 なお、文化庁が「誰でもできる著作権契約マニュアル」というのを web で公開していて、その内容が下のリンクから読めます。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/keiyaku_manual/1_1_2.html

 いかにも専門家が書いたものなので、法学部を出てない人とか、契約を読みなれていない人には、ちょっと敷居が高そうな感じはしますが、印刷して、じっくり読めば、得られるものは多いと思いますので、(必要な人は)読んでほしいと思います。

 以上、長文にお付き合いいただき、ありがとうございました(ぺこり)